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旅の朝の気配

更新日:32 分前

昨夜、片づけたあとの静けさの中で、

ふと「明日の朝は、あの心地よさに戻りたい」と思った。


そういえば私は

自然の中でも、都会の真ん中でも、

“旅の朝の散歩の空気”が好きだった。

世界がまだ完全に目を覚ます前の、

あの澄んだ時間。


その記憶が小さな灯りのように戻ってきた。


ree

朝の光を見るだけでは、

どこか足りないと気づいていた。

光の中にいるだけでは、

自分の輪郭がはっきりしないような感覚。

だから寒くてもベランダに出て、

空気に触れることを選んだ。


白湯を持っていけばいい。

部屋の音が気になるなら外に出ればいい。

そんな、当たり前のことを

昨日の夜はようやく思い出したのだ。


そのとき頭に浮かんだのは、

旅と日常をつないでくれる

二つの小さなアイテムだった。


盛岡の旅をきっかけに購入した鉄瓶。

白湯のために選んだ、福井の笏谷石の湯呑み。


どちらも思い出の延長線上にあるのに、

普段は棚の奥で眠ったままだった。

「これで朝を始めたい」と思っただけで、

明日の景色が少し柔らかく見えた。

朝の時間を大切にするための、

夜の過ごし方も考えた。


──けれど、実際には何も準備はしなかった。

ただ、そう“決めただけ”だった。


それでも、十分だったのだと思う。

夜の静けさの中で生まれたその小さな意志が、

今日の朝の自分につながっていった。


今朝、鉄瓶の白湯を湯呑みに注ぎ、

そのままベランダへ出た。


冷たい空気が頬に触れ、

白湯の温度が胸の奥へと広がっていく。

光と風と音が、

ひとつの場所で静かに混ざり合う。


ゆっくりとした呼吸を意識して、

白湯が身体を通るのを感じながら

できるだけ遠くの音まで聴いてみる。


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しばらくして部屋へ戻り、

無音のまま座った。

何もしない、考えない時間。


朝食のお供に選んだ

ブナ林の鳥の声が流れる画面は、

遠い森と今ここをそっとつないでいた。


朝食の野菜をひと口食べた瞬間、

その甘みに驚いた。

ただ蒸しただけなのに、

どうしてこんなに優しい味がするのだろう。


目を閉じて味わっていると、

涙がすっと溢れた。


目を開けると、

ビルの隙間から差し込む朝陽が

まっすぐに入ってきていた。

その光もまた、旅の朝に似ていた。


懐かしさではなく、

ただ静かに満ちていくような涙だった。


身体の奥が、

「この感じ」とそっと知らせてくれる。


行動を変えたというより、

自分の中の調子が

いつの間にか元の位置に戻ったのだと思う。


昨夜の小さな決意は、

朝を縛るためではなく、

今日の自分の“感じ方”を

整えるための灯りだったのだろう。


旅先で何度も味わった

あの透明な静けさや、

ゆるやかに満ちていく感覚は、

遠くへ行かないと出会えないものではない。


本当はずっと

自分の中にあったもので、

ただ、

受け取る余白がなくなっていただけなのだ。


今日、私はその余白へ

もう一度そっと手を伸ばすことができた。


この気配のまま、

今日を始めていこう。


旅の朝の気配は、

遠くへ行かなくても、

こうして暮らしの中に立ち上がる。


そしてこの静けさに触れられるなら、

私はまたどこへでも進んでいける。

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