sense awake ―半径3mの気づき―
- 2025年4月28日
- 読了時間: 6分
更新日:2025年8月19日
仕事からの帰宅中、何故かひどく疲れ果てて、起きていられないほどの睡魔に襲われたことがあった。
その日は最低限の身支度だけをして、寝るにはだいぶ早い時間に就寝することにした。相当早い時間に寝たので予想通りではあったが、かなり早い時間に目が覚めた。
いつもなら二度寝を試みるところだが、この日は潔く起きてみようと思い立った。偶然にもとても清々しい気候で、久しぶりにエアコンをつけずに窓を開けて朝を過ごした。

私は都会暮らしでビルや高い建物に囲まれたところに住んでいる。マンションのバルコニーに出ても木々の緑1本すら見えず、線路もすぐそこ。窓を開ければ騒音とも言える電車の音がひっきりなしに聞こえるような環境だ。
ゆっくりと朝食を食べながら外の景色をぼーっと眺めていた。すると差し込む朝陽がつくる影の大きさ、形の変化の速さに目が留まった。これは都会ならではの景色なのだろう。ビルなどの障害物が多いので光の様子が刻々と変わるのだ。
これはおもしろいものを見つけたと思った。これまでカーテンすら開けない日もあったくらいだから、気づかなくても当然かもしれない。とある建物の外壁に反射する朝陽はずっと見ていられるほどに美しい色と光を放っていた。
この家に10年も住んでいるのに、うちのダイニングがこんなにも心が動く場所だということを私は知らなかった。意外と都会の、それも自宅の朝も捨てたもんんじゃないなと思い始めたとき、運命を変える出来事がやってきた。

いつもの電車の音、ガタンゴトン、ガタンゴトン……の後にピピッピピと鳥の声が聞こえたような気がしたのだ。ん?共鳴している……? まさかね?!
はじめは笛か鈴の音か何かかと思った。確かめたくて何回も何回も電車が通るたびに耳を澄ませる。
鳥じゃない? いや、鳥だと思いたい。ずっと聴いていると、鳥の声と思わしき音は1種類ではなかった。ガタンゴトン、ピピッピピ、チュチュッチュチュ♪……目の前がぱぁっと明るくなった。

毎回鳴いているわけではない。しかも1羽じゃない。鳥だ! 鳥が電車の音に合わせて歌っている! そう気づいた瞬間、これが聞きたくて私は早起きすることを決めた。ほんの数分でこんなにも発見があることが楽しかった。どんな場所でも自然の音に耳を傾けるって大事なのかもしれない。出社前にそんな心の余裕があること自体が素敵だなと思った。
こうして次の日からも夜明け前に起きる生活は続いた。旅先で、日常で、これまで幾度となく朝の素晴らしさに気づく瞬間はあったが、早起きが習慣化されたことは無かったのに。だからといって、アラームをかけて何がなんでも起きるぞと息巻いているわけではない。自然に目が覚めた時間、それが早いというだけだ。
私は朝の時間の心地よさを追求し始めた。早く起きた朝は自分一人のボーナスタイムだ。この時間の過ごし方をブラッシュアップし続けたら、理想の暮らしに近づけるという確信めいたものがあったからだ。
特に旅先で過ごす朝の時間が好きだと、無意識ながらも気づいていたからかもしれない。何もせずにぐっすり寝るのでも、朝ごはんが美味しいでも、朝の散歩やヨガが気持ちいいでも、何でもいい。心が動く、身体で感じる幸福感を体感できた時に生まれる心地よさ。これを日常生活に落とし込む暮らしが始まった。

何をしたのかというと、五感を意識して日常の感度を上げてみた。すると、窓から見える外の様子や家の中の些細な発見に日々心を躍らせるようになったのだ。秋の気配を告げる虫の声、夜明けのグラデーションが美しい空の色、ダイニングから見るバルコニーの手すりに反射する朝陽の美しさ、植物の影がくっきりと映る瞬間、ガラス瓶が反射する光が壁に映り込む様子、カーテンの隙間がつくる光と影……本当に些細な「こんなのがみられるのか!」という瞬間に心が動く。そのワクワクした楽しい発見が、豊かな心と感謝に溢れた1日をもたらしてくれた。
この景色は客観的に見たら全く魅力的でないことはわかっている。あのビルに映るこの瞬間の朝陽が好きといった具合の、私だけが感じるニッチな美しさだ。でもそれが見られるのは当たり前のことではない。毎日眺めているから知っている。同じ瞬間は二度とないということを。
その日その時だけの特別な儚い光景。夏の終わりによく見られたあの光は、今はもう見られない。でもこっちのビルに差し込む光のラインは、秋の晴天のこの時間だけ。わざわざ桜や紅葉を見に出かけなくても、家の中から空や太陽の光を眺めているだけで季節の移ろいがわかる、それはもう豊かな時間だ。

私が旅が好きな理由——好奇心いっぱいに五感をフルに使っていろいろなことを感じ、吸収しようとすること、何がしたいか何が食べたいかを真剣に考えること、新たな発見や気づきに出会い、心が満たされること、今この時間を精一杯楽しむことができるから。そんな瞬間を日常生活でたくさん持てるようになればいい。タスクに追われるのではなく、カーテンの揺らぎに気がつくくらいの心と時間のゆとりが豊かな暮らしを育むのだ。空間も心も余白が大事。毎朝の数時間は私に多くのことを教えてくれた。

五感を意識して、自分のために心と身体が喜ぶ心地よさを探究すると、たったそれだけで人生が、見える景色が変わる。大事なことは、いかに自分にとっての心地よいものを主体的に選んでいくか。一度意識し、体感し、納得し、身体・心・脳で「快」と認識されると、あとは自動的に「あ!」という心が動く瞬間を探せるようになる。気づく力がアップし、努力せずとも継続することが可能になるのだ。
人は自分が見たいものしか見えていないとよく言うが、Google検索の広告のように一度意識したものは勝手に入ってくる。ただ、人は自分で気づくことができないと変われない。だからまず感じる、気づくことが必要。それが実践への第一歩だ。

人は無いものばかりに目が行きがちだけど、幸せになる瞬間は全てここにある。自分が気づいていないだけなのだ。「旅するように暮らす」を目標にしていたけど、多拠点生活をしたり月の半分を旅行にあてたりしなくても、もっと簡単に考えてよかったと気づいた。理想の暮らしのヒントは自宅のダイニングから半径3m以内に転がっていたのだ。
五感を意識して、軽やかに心豊かに暮らしてみれば、それだけで日常が非日常へ、旅先で味わう心地よさに似た体験ができるようになる。日々の暮らしにこそ、旅のような豊かさを追求したい。数ヶ月ものあいだ日の出前に起床する生活を実践して得た私なりの答えだ。
心は鉄のまま思考優位で生きていたことに気づくことすらなかった私は、五感を意識した朝時間のなかで豊かな心を取り戻した。小さな傷がつくたびに、理不尽なことが起こるたびに鎧を纏ってきたであろう私の心。
いま私に見えている景色は美しい。それは風景だけでなく人々の行動や言動も含まれる。ほぐれた心はあらゆる瞬間に反応するようになるのだ。
家のダイニングから半径3m以内で、通勤の電車内で、駅前のストリートミュージシャンに、オフィスでの何気ないやりとりに……自分が思っていた以上に、世界は愛と感謝、そして感動に溢れていた。





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