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Stay Stories−THE HIRAMATSU 軽井沢御代田−

更新日:3 日前

森が迎えてくれた午後


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ホテルの敷地に入った車は整備された緩やかな坂を登っていく。エントランスへの道のりが静かに高揚感を掻き立てる。車寄せへと続く道は既に日常からの脱出だった。到着した瞬間、私を包んだのは建物の美しさ以上に、その圧倒的な静寂。都市の喧騒が嘘のように遠ざかり、代わりに鳥のさえずりと風の音が心の奥底まで染み込んでくる。

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この軽井沢の森は何千年もの間、人々を迎え入れてきた。縄文の時代から、この土地に足を踏み入れた人々は、きっと同じ風の音を聞き、同じ緑陰に安らぎを見出していたのだろう。文明は移り変わっても、森の記憶は静かに積み重なり続けている。私もまた、その長い歴史の一瞬に加わった一人の旅人に過ぎない。

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エントランスを抜けて最初に足を踏み入れたラウンジで、私は立ち止まった。夕刻の柔らかな光がブラインドを通して差し込み、レザーのアームチェアが温かな陰影を作っている。暖炉の火がパチパチと小さな音を立てながら、この空間の主役は「音のない時間」なのだと教えてくれる。

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ブラインドの向こうではデッキでヨガをする宿泊客の姿が見えた。チェックインまでの数分間で、この旅の目的であるウェルネスリトリートにふさわしい静寂と空気、安心して過ごせるホスピタリティを身体中に感じた。



104号室、フォレストビューの部屋で


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チェックインを済ませ、104号室の扉を開けた瞬間、私は息を呑んだ。部屋の大きな窓の向こうに広がる緑の世界。室内にいながらも、まるで森の中に佇むかのような空間で、私の2泊3日の物語が始まった。

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テラスに出てみる。壁に落ちる庇の影のコントラストが美しい。私だけの小さな庭先が、光と影、爽やかな風、鳥の声・・・五感を呼び覚ますギフトを連れてくる。


窓に向けられてレイアウトされたソファやベッドからは、窓の外の緑陰が時間とともに表情を変えていく様子を眺めることができる。ここは単なる滞在の場所ではなく、自分自身と向き合うための聖域なのだと直感した。

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荷物を置き、部屋を見回す。石調の壁と木の温もりが調和する広々とした空間。書斎コーナーの優しい光と、森を望む大きな窓。厳選されたインテリアで構成されたゆとりある寛ぎの空間が、非日常の豊かな時間へと誘う。


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ミニバーの上にはコーヒー豆とミルもあった。お茶やカプセル式のコーヒーマシンだけでなく、自分で豆を挽くことができるホテルは珍しい。ミルを使う時間にマインドフルネスを感じている身としては嬉しいサービスだった。贅沢な時間は手軽さだけでは得られない。

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広々としたバスルームに目を向ける。洗面台に並ぶアメニティの美しさに目が留まった。ボトルのフォルム、色合いまですべてが計算され尽くしているかのようだ。森に包まれるかのようなハンドソープの香りに、つい深呼吸したくなった。植物の力を最大限に活かし、環境にも配慮したブランドをセレクトしていることも共感できる。細部への配慮が、この空間全体の品格を支えているのだと感じた。

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植物が奏でる夜の交響曲


夕食の時間になり、ダイニングへ向かった。「ひらまつ」ブランドのホテルは「レストラン発祥のホテル」いう名の通り、美食家に愛されている。森の中の理想郷を謳うオーベルジュへ、自ずと期待が膨らむ。今回の滞在では、すべての食事をヴィーガンでお願いしていた。


イタリアンフルコースのメニュー表には、食材のみが羅列されていた。この食材からどんな料理が創り出されるか、想像を楽しむ時間。最初の一皿が運ばれてきたとき、その可愛らしいアートのような一品に顔がほころんだ。


サーブするスタッフが澱みなく料理の説明をしてくれた。手際よく連携された給仕に、仕事への誇りと高いプロ意識を感じる。

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初めて食べるズッキーニの花の料理にはムース状のクリームが隠れていた。美しいスナップエンドウが添えられたラヴィオリには昆布だしのスープが絶妙にマッチ。イタリアンでもこんなに繊細な味が楽しめる。それは野菜が持つ無限の可能性を、シェフの手によって最大限に引き出された芸術作品だった。

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続いて運ばれてきた一皿には、まるで庭園のような美しさがあった。緑の葉野菜、鮮やかなオレンジ色の柑橘や人参ソース。見た目の美しさに感動しながらも、口に含むと、それぞれの野菜が持つ本来の深い味わいを感じられる。


旬のものをいただくという最高の瞬間。素材本来の味を引き立てる繊細な味付け。植物性にこだわるからこそ、洋食であっても強いソースや調味料に頼る必要がないことを実感する。どの皿も新しい発見に満ちていた。


スプーンを口に運ぶたびに感じる植物性の力。野菜の甘みと香りが幾層にも重なって舌の上で踊る。これは単なる植物性の料理ではない。五感を呼び覚ます料理の調べ。ここでは野菜こそが主人公であり、それぞれが持つ個性と魅力を存分に発揮していた。

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夜、私だけの温泉時間


部屋には半露天風呂があり、いつでも私だけの温泉時間を楽しめる。ほんの短い時間でも気軽に入れるのだ。

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湯船に身を沈めると、温泉の温もりが体を包み、窓を開ければ夜の少し冷たい空気が頬を撫でていく。この絶妙なコントラストが、都市では決して味わえない贅沢だった。目の前には森が広がり、星空が湯気の向こうに瞬いている。まろやかな肌触りの湯はいつまでも入っていられそうだ。


お湯の温度、空気の冷たさ、そして森から聞こえてくる夜の音。すべてが調和して、心の奥底にたまっていた疲れが溶けていくのを感じる。部屋の温泉だからこそ、時間を気にすることなく、自分だけのペースでこの静寂を堪能できる。急ぐ必要も、何かを達成する必要もない。ただ、存在することだけに集中できる時間。


部屋に戻り、ベッドに身を横たえると、森の夜が静かに私を包んでくれた。都市では感じることのできない本当の静寂。その中で、自分の呼吸の音、心臓の鼓動さえもが特別な意味を持つように思えた。



朝、光が運んでくる新しい一日


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自然と目覚めた朝、体の奥底から湧き上がってくるような清々しさがあった。

バスルームのブラインドから覗く、朝陽を浴びた緑が眩しい。

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森の朝はTAKIBIラウンジで行われるヨガから始まる。その前に一瞬でも温泉に浸かる−−そんなことも叶ってしまう至福の時間。自分のための贅沢なひとときに笑みがこぼれる。

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身支度を整え、外へ足を向ける。澄んだ空気を深く吸い込む。新鮮な風と太陽の力が、身体の隅々まで染み渡っていく。TAKIBIラウンジに敷かれたヨガマットに腰を下ろし、軽井沢の朝を全身で感じる。鳥の囀り、樹々のざわめき、新緑の香りと昨夜の名残であろう炭の残り香。ヨガの動きで、凝り固まった身体が少しずつ目覚めていく。朝のヨガは外がやっぱり心地よい。


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身体をほぐした後は朝食へ。もちろん全てヴィーガンメニューだ。テーブルには黒澤酒造の甘酒、信州産のリンゴジュース、数種類のパンに自家製ジャム、そして浅間ガーデンのはちみつ。温かな野菜たっぷりのスープとメインディッシュ、サラダがサーブされ、朝食タイムがスタート。自然の恵みに感謝しながら、一つ一つをゆっくりと味わい、豊かな時間を丁寧に盛り付けられたフルーツとコーヒーで締め括った。



3日目、深まる理解


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3日目の朝食も昼食も、また新しい発見に満ちていた。パンひとつをとっても、その香り、食感、そして小麦の持つ本来の甘みが丁寧に引き出されている。シンプルなグリーンサラダも、葉の一枚一枚が異なる味わいを持つ。

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午前中は、ホテルの広い敷地内を、一人カメラを片手に散歩した。

温室では料理にも使われている野菜や花、ハーブが育てられていた。木々に囲まれたヴィラは、森に佇む別荘のようなプライベート感。きっと、より特別な体験ができるのだろう。ここに宿泊する人にはどんなストーリーが待っているのかなと想像を巡らせながら歩いていく。森の散策路を下っていくと絶えず鳥や虫の声が聞こえていた。美しい木漏れ日、青空に映える白い紫陽花は、今でも目を瞑ればすぐに思い出すことができる。

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出発までの最後の時間を過ごすのに選んだのは共用部のライブラリーカフェ。入り口へ続く回廊に落ちる光と影が、内なる対話へと誘う。ライブラリーの扉を開けた瞬間、静かに興奮した。静寂とアート、自然が織りなすその空間の雰囲気に圧倒されたからだ。

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天井の梁が作る陰影と、外の緑陰とが重なり合い、室内にいながら森の静寂の一部になったような不思議な感覚に包まれる。本棚に並ぶ数々の書籍の中から一冊を選び、大きな革張りのソファに身を沈めた。ここでは読書という行為が、単なる情報収集ではなく、自分自身との対話になる、そんな気がしていた。アナログレコードに針を落とし、活字を追いながらも、時折窓の外に視線を向け、木々の間を通り抜ける風を目で感じる。

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客室やレストラン、ラウンジと、至る所に縄文土器やアートが飾られていた。古くから文化人が集まる地である軽井沢ならではだろうか。ここは美食家だけでなく、美術好きや建築好きにも受け入れられる空間づくりも魅力だ。



静寂という贈り物


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THE HIRAMATSUを後にして新幹線に乗り込むとき、私は確かに変化していた。食事に対する感覚、自然に対する感受性、そして時間に対する感覚。すべてが微妙に、しかし確実に変化していた。


ヴィーガン料理という選択が、これほど豊かな体験をもたらしてくれるとは思わなかった。それは制限ではなく、むしろ新しい可能性の扉だった。植物という素材の魔法を、THE HIRAMATSUのシェフたちは見事に引き出してくれた。


それは単なる美味しい食事の記憶ではなかった。植物の持つ素材の無限の可能性、食事というものの本来の意味、そして自然とのつながりを感じることの大切さ。これらは、都市の生活では忘れがちになってしまう、人間にとって本当に大切なことだった。

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車窓から視線を外し、ティーラウンジのテラスから見た山間の景色を思い出す。軽井沢の街並みが遠くに広がり、山々の手前に緑豊かな森が続く。この景色を前にすると、自分がいかに小さな存在であるかを思い知らされると同時に、その小ささがかえって心を軽やかにしてくれる。


真の贅沢とは、何かを手に入れることではなく、本来大切なものに気づくことなのかもしれない。THE HIRAMATSUは、そんな気づきを与えてくれる、特別な場所だった。


この静寂という贈り物を、私は大切に持ち続けていこう。そして、いつかまた、この森に戻ってきたいと思う。きっと、また新しい発見と出会うに違いない。

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旅は、私たちが思っている以上に、私たち自身を変えてくれる。そして、その変化こそが、旅の最も貴重な贈り物なのだ。


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