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選ばれなかった照明に

更新日:8月19日

選ばれなかった照明に、私はたしかに「光」を込めていた。


その空間に似合うと思ったし、お客様の言葉を受け止めて、手配も調整した。本来は変更できないタイミング。それでも尽力したのは、この照明に変えたいと言われた商品が、予算が許すのならお勧めしたいものだったから。


でも、その光は別の場所へと向かっていった。


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思い入れを手放すことに、もう慣れているつもりだった。住まいをつくる仕事では、期待も不安も移ろうものだし、最後の決定権は、いつだってお客様にある。だから割り切って、気持ちはフラットでいられた。けれどふと、「この手間と気力は、ちゃんと報われるのだろうか」と、そんな考えがよぎる。


その時感じたのは、私の内側が少しずつ “誰かの揺らぎ” に引き寄せられていたということだった。


どれが正解なのか、いつ決まるのか。

要望は多く、でもその本音はどこにあるのか見えにくい。


言葉のひとつひとつに振り回されないようにと思いつつ、気づけば、相手の波動に自分が引き寄せられていたように感じた。


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たぶん、このお客様はただ「満たされたい」だけなのだ。だけどその「満たされたい」が、何によって満たされるのかをまだ知らない。だから、価格や見た目の派手さ、見栄、誰かの言葉やSNSの投稿に揺れて、そのたびに空間づくりの舵がゆらゆらと変わっていく。


私はこのご夫婦の代わりに、その曖昧な願いを言葉に変え、その都度、空間の輪郭を整えていった。だけどある瞬間、その作業が自分の輪郭までも曖昧にしていくように感じられる。


私の仕事は、ただ「希望に応える」ことじゃない。

本当の心地よさに導いていくこと。

だからこそ、引っ張られるのではなく、静かに “光を灯しておく人” でありたいと思った。


結局、その照明は他のルートで購入されることになった。私たちは発注を止めただけ。手間も時間も、そしてちょっとした損失が静かに残った。


まぁ、そういうこともある。深くは考えない。でも、たぶんどこかで「もったいなかったな」と思っている。


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プロの仕事には、ときどき “静かな喪失”がある。


美しい空間の裏側で、誰にも気づかれずに、そっと手放されたものたち。

今日もまた、そんなひとつを見送っただけのこと。


きっと以前の私なら、度重なる変更や打ち合わせの回数に、お客様に振り回されている、とストレスに感じていただろう。でも今は違う。どんな経緯やルートであれ、その空間が素敵に心地よいものになるのなら、 “それでいい” と素直に思えるようになった。


このことに気づけただけでも必要な出来事だったのかもしれない。そしてこの報われなかった仕事も、こうしてエッセイとして消化(昇華)された。


クリエイターに与えられた静かな救いなのだろう。誰かに届くかもしれない、あるいは届かなくても、自分のなかで「意味のある経験」に変わっていく。それは目に見える成果以上に深い “報い” かもしれない。


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